27 近所の目とどう向き合うか?

『近所の人は、私の人生の責任を取ってくれない』

休職して自宅療養中に、気になってくるのが近所の目です。普段は出勤している時間なのに、自家用車が一日中停まっている。出勤しているはずの時間に、家にいる。そんな状況が苦痛に感じられることがあります。

「近所の人に、どう思われているのだろう?」

そう考え始めてしまうのです。

超急性期では、ほとんど寝ていることしかできないときは、近所の目など気にならないかもしれません。ところが、超急性期を脱して、少し動けるようになってくる。すると、少しずつ思考も戻っています。そして、今度はさまざまなことを考え始めるのです。「近所の人に、どう思われているだろう?」「ずっと車が停まっているけど、何か思われているんじゃないか?」そんなことを考えているうちに、ソワソワしてきて、焦燥感がさらに強くなってしまうことがあります。

では、そんなときはどうしたらいいのでしょうか?

私は、ある考え方、捉え方を実践したところ、近所の目が少しずつ気にならなくなりました。どうかんがえるようにしたかというと、「仮に近所の人に噂話をされて、好奇の目にさらされたとしても、近所の人は私の人生の責任を取ってくれるわけではない」ということです。

そう考えるようになってから、近所の目が気にならなくなっていきました。実際のところ、近所の人たちが四六時中、私の噂話をしていることなどありません。でも、頭が混乱していて、警戒心が高まっていると、普段なら気にならないようなことまで気になってしまいます。「今、見られた気がする」「何か思われているんじゃないか」そんなふうに、頭の中で想像がどんどん膨らんでしまうのです。そんなときこそ、一歩引いて考えてみる。「仮に何か言われたとしても、その人が私の人生の責任を取ってくれるわけではない」そう考えると、少しだけ肩の力が抜けました。

今は、休むために家にいる。それでいいのです。

病気や心身の不調を抱えている自分が、周囲からどう見られているかまで背負う必要はありません。近所の目よりも、まずは自分の回復を優先していいのです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次