『一日を乗り越えるために』
抑うつ状態になると、自分の症状についてネットで調べだす。「この症状は何なんだろう」「いつ治るのだろう」「自分は大丈夫なんだろうか」気になって検索しているうちに、ネガティブな情報に触れてしまい、さらに不安が増長される。そんな、悪循環に陥ることがあります。そのため、多くの専門家が、ネットやSNSの使用を控えたり、情報との距離を取ったりすることを勧めています。
これはその通りだと思います。
ただ、ここからは少し矛盾した話になります。私の場合、動画を観ることが、生き延びるための時間を稼ぐことにつながった時期がありました。
一秒、一秒
その積み重ねが一分になり、30分になり、1時間になる。
そして半日。もう一度、半日を繰り返せば、一日を生き延びた。
そんな、感覚です。
動画を観ながら、ただ時間を過ごす。それだけでも良かったのです。
ここからは、さらに矛盾しているように聞こえるかもしれません。
前の章では「不安情報に敏感になるから、ニュースなどから距離を置いてみよう」と書きました。では、ネットで動画を観るのも同じではないのか。そう思いますよね。私自身の経験では少し違いました。テレビのニュースは、自分が選んでいない情報が突然入ってきます。災害、事件、事故など、自分が今知りたいわけではない情報まで、一方的に入ってきます。
一方、動画は、そのときの自分の状態に合わせて、タイトルや内容を自分で選ぶことができます。もちろん、ネット上の情報には注意が必要です。ネガティブな情報ばかりを検索し続ければ、不安がさらに強くなることもあります。それでも、そのときの自分のリアルな心情やテンションに近い動画を、自分で選んで観る。それによって、かえって落ち着くことがありました。そして、そのまま動画を観ながらいつの間にか寝落ちしてしまう。
それでもいいじゃないですか。
私の場合は、動画を観ているうちに自然と眠気が出てきて、結果的に眠りにつくことができたこともありました。ネットサーフィンで目も頭も疲れるかもしれません。でもその疲れによって眠ることができたのであれば、私にとっては「百害」の中に「一利」があったのです。もちろん、これはネットや動画を積極的に勧めているわけではありません。「ネットを見るな」と言われても、時間を稼ぐためには役立つことがありました。
とても辛い時期だからこそ、動画を観ながら時間を稼ぐ。
一日を乗り越える。
三日を乗り越える。
一週間を乗り越える。
それでいいのです。
そして、回復が進んでくると、抑うつが強かった頃にあれほど観ていた動画に、いつの間にか興味がなくなることがあります。「あれ?もう、こんなの観なくてもいいな」そんなふうに思える日が来る。私は、それも回復の一つのサインだったのだと思っています。
だから、前章と矛盾しているように感じるかもしれません。「不安情報に触れないほうがいいのに、動画は観ていいの?」そう思うのは当然です。でも、大切なのは「何を見ているか」だけではなく、「自分で選んでいるか」ということなのかもしれません。一方的に流れてくる不安情報から距離を置く。その一方で、自分が今観たいものを、自分で選んで観る。その違いは、私にとって大きなものでした。ネットサーフィンがすべて悪いわけではありません。
少なくとも、あの頃の私にとっては、時間を稼ぎ、一日を乗り越えるための一つの手段になっていました。
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