13 もう感じていたくない

『消えたい。の奥にあるもの』 

希死念慮が生じると、「死にたい」という気持ちに支配されてしまうことがあります。でも、私の場合は、「死にたい」というよりも「消えたい」という表現の方が、より正確だったかもしれません。もう少し違う言い方をすると、「無かったことにしたい」という気持ちです。

何を?

 今までの人生を、無かったことにしたい。自分が存在さえしなければ、こんな苦しみを感じなくて済む。そんな風に考えてしまうのです。でも、その裏側にあったものは、「もう感じていたくない」という気持ちでした。こんな辛い状態を、これ以上感じ続けていたくない。この苦しみから消えてしまいたい。だから「消えたい」と思う。そして、消えるためには「死を選ぶしかない」という思考に追い込まれてしまう。私の場合は、そんな状態でした。こうなると誰の言葉も入ってきません。どんな言葉も、抑止力として機能してくれません。どんな美辞麗句も、自分のこころには響きません。「頑張れ」「生きていればいいことある」「あなたを必要としている人がある」そんな言葉をこころで受け止めることができない。それほどまでに、抑うつ状態は人を追い詰めることがあります。だから、周囲の人には知っていてほしいのです。その人が「死にたい」「消えたい」と言ったときに、正論や精神論で押し返そうとしないでください。「そんなことを考えてはいけない」「もっと前向きに考えよう」そんな言葉が、届かない状態があります。では、どうすればいいのでしょうか?

 自分一人で何とかしようとしないことです。自分の努力では改善できない現実に直面したとき、人は心身の調子を崩すことがあります。希死念慮も、自分の努力だけで簡単に消し去れるものではありません。だから、医療に頼る。友人や家族に頼る。「ゲートキーパー」に頼る。そして、周囲のサポートに頼る。頼っていいのです。今はどんな言葉も響かないかもしれません。でも、私自身は、その状態から抜け出すことができました。今、生きています。だから伝えたい。希死念慮は、永遠に続くものではありません。私自身の経験では、時間と治療の中で、少しずつ小さくなっていきました。今は信じられないかもしれない。それでもいい。信じられなくてもいいから、誰かにつながってください。主治医につながってください。家族や友人につながってください。一人にならないでください。そして、助けを借りてください。希死念慮は必ず小さくなっていきます。私はそう信じています。なぜなら、私は生きているからです。

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